桑原聡建築研究所

Satoshi Kuwahara Architectural Studio

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I'm home No.97 掲載のお知らせ

商店建築社から現在発売中の隔月刊「アイムホーム」2019 January No.97 にて
2011年5月に竣工した東中野の住宅-2(K邸アネックス) と、2011年10月に竣工した東中野の住宅改修(K邸) が紹介されています。
住宅の紹介記事は40〜49ページに、77〜78ページでは設計のポイントをいくつかお話しさせていただいております。
どうぞ書店にてお手にとってご覧いただければ幸いです。

CONFORT No.165 掲載のお知らせ

20181115_confort.jpeg建築資料研究社から現在発売中の月刊誌「CONFORT」2018年12月号 No.165 にてバスルーム・パウダールームについての取材を受け、幾つかのポイントをお話しさせていただきました。138〜139ページで紹介されています。
どうぞ書店にてお手にとってご覧いただければ幸いです。

I'm home No.97 掲載のお知らせ

商店建築社から現在発売中の隔月刊「アイムホーム」2019 January No.97 にて
2011年5月に竣工した東中野の住宅-2(K邸アネックス) と、2011年10月に竣工した東中野の住宅改修(K邸) が紹介されています。

竣工からだいぶ時間が経っていますが、今回の編集テーマは「Sustainable Home Planning ライフスタイルの変化を踏まえたプランニング」。副題は「Long Life Confort 年を経ても暮らせる心地よい住まい」とあります。
テーマの通りクライアントご夫妻とのご縁は23年にわたりますが、その間に法人のプロジェクト、個人のプロジェクト合わせて10現場を超えたおつきあいを継続させていただいています。
その間こちらも同じことをし続けているわけではなく常に勉強です。
少しサボって同じことをしようとするとすぐに見破られ叱咤激励をいただいてしまいます。
クライアントご夫妻からスマートハウスについて研究するよう指示をいただいたのは20年以上前になります。
スマートハウス自体は建築的な要素というよりも技術によって立つものであったことから空間の作り込みに取り入れることはありませんでした。
こうして彼らからは常に一歩先をいくことが求められてきましたが、しかし、今もお互いに同じスピードで高齢化に向けて歩んでいるわけです。
そうした中で一歩先の変わらないテーマを見つけそこに向けて最初は無駄かもしれないけれど普遍的に作りこんでおくことを忘れてはならない要素もあるわけです。
編集部からの取材にあたり、そんな思いを持って臨みました。
住宅の紹介記事は40〜49ページに掲載されています。
また、77〜78ページでは設計のポイントをいくつかお話しさせていただいております。
どうぞ書店にてお手にとってご覧いただければ幸いです。

CONFORT No.165 掲載のお知らせ

20181115_confort.jpeg建築資料研究社から現在発売中の月刊誌「CONFORT」2018年12月号 No.165 にてバスルーム・パウダールームについての取材を受け、幾つかのポイントをお話しさせていただきました。138〜139ページで紹介されています。
バスルームをはじめとした水回り空間は、機能上絶対に必要だけれども滞在時間が極めて限られるためにどちらかというとメインディッッシュにはなりにくい場所です。
苦心したスタディーの段階で「これはパーフェクト!解けた!」と思った途端に「トイレを忘れた〜」と凍りつく瞬間が今でも稀にあります。
思い切って生活空間から消去するか、ドーンとメインに据えてとことん使いたいと思ってしまうのが水回り空間なのではないでしょうか。
僕自身は近くに公共施設の綺麗なトイレがあって24時間使えればそれで良いし、お風呂だって近くにスポーツクラブか銭湯や温泉があればもう純粋にとことんくつろぐ空間だけが自分の家としてそこにあればそれで良いと思ってしまいます。
取材では押さえながらお話しさせていただきましたが、同じ限られたミニマムな面積、空間でもグレード感や開放感での差別化を作り出した例を取り上げていただいています。
どうぞ書店にてお手にとってご覧いただければ幸いです。

Works更新のお知らせ(代官山の複合ビル〈大和ハウス工業株式会社と協働〉)

昨年6月に竣工した代官山の複合ビル(大和ハウス工業株式会社と協働)のWorksをアップいたしました。
ぜひご覧ください。

Works更新のお知らせ(曙橋の集合住宅 コートモデリア 四谷荒木町)

今年2月に竣工した曙橋の集合住宅 コートモデリア 四谷荒木町のWorksをアップいたしました。
ぜひご覧ください

陰翳礼讃

東京の自宅を引っ越しして約2ヶ月経った。その間に八幡平の家も引っ越ししたので慌ただしく、東京の家を引っ越してもうそんなに経ったのかと思うくらいあっという間だった。
未だダンボールの山が残されていることは変わりない。
断捨離を実行するにはチマチマとやっていたのでは一向に埒があかない。僕にはまとまった時間が必要なようだ。
とはいえ未開封のダンボールの所有者はそのほとんどが浪人中の娘にあるわけだから急かすわけにもいかないというのが実態だ。

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引っ越してみて驚いたことがある。
これまでの暮らしでここ数十年間支払い続けてきた電気代がおおよそ3分の1になったことだ。
これは驚きである。
前の住宅は鉄筋コンクリート造の二階建て住宅で築年数約30年。断熱はとても怪しい。何よりも南向きの大開口があることと陸屋根(天井)の輻射が激しく、夏と冬はエアコンがフル稼働となる。しかも動力を使用していたので請求は電灯動力合わせて2本となる。
広さは今よりも25%増しなのに加えて巨大な吹き抜けがあるので負荷は大きいのは当たり前なのだが3倍の開きとなるとなかなかの金額だ。
今のマンションも築年数は同じようなもので断熱は極めて怪しいが、3階建ての1階であり、鬱蒼とした木々に囲われているために直達日射がないということで負荷の変動が少ないことが大きな要因だろう。引っ越して以来エアコンは24時間かけっぱなしなのだが結果は良好だ。
ついでにその前住んでいた港区のタワーマンションの時の履歴もチェックしてみた。
ここは中間階とはいえ角住戸のため外部環境の変動を受けやすい住宅だった。
面積が今よりも25%小さいにもかかわらず電気代はやはり今の3倍だった。家族数がこのころは4人だったこともあるかもしれないけれど、それにしてもその差は大きい。

夏の猛暑が年々酷くなっているのを横目に、陰翳礼讃の時代に突入したなという気がする。南向きよりも北向き。遮るもの一つない眺望よりも落葉の木々に囲まれた環境。ツライチの外観よりも大きな庇に彫りの深い陰影のある外観。建築のセオリー、価値観が大きく変わりだしている。

寂しいお知らせ

またまたすっかりご無沙汰してしまいました。

寂しいお知らせがあります。
昨年夏から一年とちょっと、私が設計に関わった岩手県八幡平市のサービス付き高齢者住宅「オークフィールド八幡平」での暮らしに急遽終止符を打たねばならなくなりました。
2012年から設計に携わり、2015年12月にオープンしたサービス付き高齢者住宅「オークフィールド八幡平」はこの7月に事業継承が行われ、事業継承者として名乗りを上げた医師が経営する新会社が運営を開始しました。
当初は「生みの親の一人である桑原さんにはここで今のまま暮らし続けていただきたいので、これまでの運営を全く変えるつもりはありません」と明言してきた事業者でしたが、やはり、いざ経営を手中に収めると次々と変更に次ぐ変更が始まり、話し合いで決めたかに思えた約束や取り決め事もわずか数日で覆されるというようなことになり始め、何度も旧事業者が仲裁に入ってくれて留保を懇願されましたが、最終的に撤退せざるをえなくなりました。
というようなわけで、ここで一人暮らしをしていた小学校4年生の娘も、毎週東京と八幡平を新幹線で往復していた私も、暮らしの場の全てを東京に引き揚げることになりました。

これまで2年半にわたり、高齢者住宅でありながら全く加齢臭のしない、理想的なコミュニティーを作り上げるために諸々発生する「イレギュラー」をお互い話し合いながらそこに自分自身の暮らしも紡ぎ合わせ、旧事業者とともに二人三脚で作り上げてきたオークフィールドでしたが、そこには、私や私の娘のような高齢者以外の居住者を内包することを含め、サービス付き高齢者住宅本来の目的とは相反する要素が数多くあり、新事業の主幹からは切り捨てざるをえないものが多く含まれているという判断があったかと思います。

また、何と言っても私が作ろうとしているコミュニティーは魅力にはなるけれども利益は生みにくい。
やはり、介護保険を目一杯引き出すことが安定した事業収益確保へのステップであるということが経営判断の核心だったと思われます。

私は医者も弁護士も建築家も国家資格によって立つものは全て等しく「世のため・人のため・地域のため」を旨とすべしと教わってきたし、思い込んできたところがありますので、私の判断が甘かった面は否めません。

さて、そんなわけで「スーパーホスト」ステータスもいただき、世界中のゲストさん達から大好評だった「Airbnb」ホストの座からもこの8月末で私は引退し、オークフィールドAirbnbアカウントは閉鎖します。
また、岩手県のご担当者、そして消防署のご担当者に助けられ、ご協力頂きながら苦労して取得した民泊事業もわずかふた月で取り下げます。

娘は小さな山の学校の一年をとても愛し、また、私もPTAの皆さんと家族ぐるみでお付き合いさせていただいたり、地域活動に参加させていただいたり、と、これまで東京では経験することのなかった濃い経験をさせていただきました。
私自身、ひとり親ということもあり、地域の皆さん、及び旧オークフィールドスタッフの皆さんには本当に助けられました。
また、八幡平だけではなく盛岡広域でもたくさんの大切な出会いがありました。
そして何よりも、清々しい夏の朝、目の覚めるくらい鮮やかな紅葉の秋、白銀に覆われた雪原にシュプールをつける冬、そして長い冬が終わり一斉に花が咲き、木々が薄緑から濃緑に変化する春、これだけの鮮やかな四季の変化をこの目に焼き付けられたことは娘にとっても私にとっても一生忘れることのない経験となりました。

私のAirbnbをご利用いただいた多くのゲストが指摘している通り、デザインはすばらしい、ロケーションも抜群。しかし、やはり何と言ってもそこで受けたもてなしやコミュニケーションが何よりもすばらしい!とのありがたい言葉はかつての姿。ここ数ヶ月のオークフィールドは僕たちにとっては居づらいコミュニティーに一変してしまいました。
かつてエントランスホールを兼ねたレストラン、ラウンジに行けばいつも誰かがいて、一人で仕事をしながら過ごしていても誰かの気配を感じる場所だったのが、今は誰もいないガランとした空間に変貌し、時折見かけるスタッフもみな仕事に追われピリピリしています。
この場所の雄大な景観にふさわしいスタッフのおおらかさや温かい気配は感じることはできなくなってしまいました。
空間そのものは全く変わらないのに、そのホスピタリティーはこんなに簡単に変わってしまうものなんだなあ、と実に驚きです。
ここで娘と学校帰りに寄り道していく娘の友達が、「ただいま!」と帰ってきて、入居者のおじいちゃん・おばあちゃんたちに混ざり共に宿題をし、遊んでいたかつてのファミリアーな姿は想像すらできなくなってしまいました。

公共の公園に「大きな声を出して遊ばないでね」という看板が立ち、遊具が取り外され、代わりにお年寄りのためのベンチが置かれる今の時代、やはり子供は厄介の種なんでしょうか?
友達を連れてくることや共用部にあるピアノを弾くことはもちろん、共用部のキッチンを使うことですらクレームを受けるようになったここ数ヶ月はできるだけお出かけし、外で食事し、共用部をできるだけ利用しない暮らしを心がけてきました。
私がデザインした集合住宅での理想的なコミュニティーライフとは真逆の暮らしです。
そんな窮屈な暮らしともこれでお別れです。
娘はすでに東京で私と一緒に暮らすことを心から楽しみにしているのです。
そしてまた、私は事業者がいつかコミュニティーの大切さに気づき、かつての姿がここに復活することを願っています。

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さて、今日は今から娘の学校のクラスのお母さん方が開いてくれる、送別会に行ってきます。
持ち寄りのポットラックパーティーなので、僕も生ハムとチーズ、そしてデザートを持っていきます。

そして8月31日、学校での送別会を終えて東京に向かいます。

これで八幡平の家は無くなりますが、まだまだ八幡平市にかける思いと夢は継続中です。
それらはこれからのお楽しみ、ということでお待ちください!

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